修学旅行 〜学んで知識を得る旅行〜 〜vol.65



「修学」って言葉を調べると、「学んで知識を得ること」とある。
かれこれ37年前。人生はじめての修学旅行は「伊勢」だった。
当然修学旅行とあって、出発前に班ごとにテーマを掲げて「伊勢」について調べた発表会があった。確かその発表会が父兄参観日だった気がする。
発表用の大きなマップを作り、そこに五十鈴川があった。
その五十鈴川についての発表がボクの担当だった。
発表前夜、母に「あんた本番で読まれへんかったら困るからフリガナふっときや!」と言われた。
大人であれば「五十鈴」ときたら当然「いすず」と答える。
だが小学六年生にしてみれば、まだまだ難しい域の読み方である。
それを察しての母の忠告だったが、これまで何度も何度も調べてきている「五十鈴川」。間違えるはずがないとタカをくくって、母の忠告を聞かずにフリガナをふらなかった。

さて本番の授業参観を迎える。
そしてボクの出番。
五十鈴川の説明に差しかかったところ、突如頭が真っ白になった。
今でも覚えている。あれれ〜と導かれるようにして、頭の中が真っ白に。
これまで何度も何度も口にしてきた「いすず」。
その「いすず」が出てこない。母の呪いかとさえ思える。
ずっと詰まったままでいれば、誰かしら助け舟を出してくれたかもしれないが、咄嗟の判断とはこのことだろう。なんと助け舟を待たずして、ゴニョゴニョと小声で「ごじゅうすずかわ」とごまかしてしまったのだ。場の悪いごまかしであるのは重々。当然担任の耳はごまかせれず、案の定指摘され「いすずがわ」と言いあらためた。家に帰ればこれまた案の定、母からも「アホ!」のひと言をちょうだいした。
赤っ恥の「五十鈴川」だったが、その恥がボクにとっては一生忘れない「五十鈴川」となった訳だ。これぞまさに「修学」である。

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少し話はそれたが、小学6年生にとってアマテラスオオミカミや外宮内宮と言ったところで、それはかなり難しい領域の昔話だ。
色々調べるも、どこかピンとこないクエスチョンだらけだったように思う。
しかし時は経ち、年をとり。
それなりの知識と興味を身につけ、そろそろ半世紀を迎えようとするオジさんともなれば、魅力溢れる「伊勢」なのである。いわゆる「お伊勢さん」なのだ。
小学校の修学旅行で行った「伊勢」。
甚だその偉大さもスケールも何も知らずして行った「伊勢」であっても、” 思い出の修学旅行” という枕詞がつくだけで、懐かしさと特別感みたいなものが付随してくる。
そんな思いで再び訪れる「伊勢」こそが、再びの修学旅行であり、大人の修学旅行ではなかろうか。

少し話はそれたが、小学6年生にとってアマテラスオオミカミや外宮内宮と言ったところで、それはかなり難しい領域の昔話だ。
色々調べるも、どこかピンとこないクエスチョンだらけだったように思う。
しかし時は経ち、年をとり。
それなりの知識と興味を身につけ、そろそろ半世紀を迎えようとするオジさんともなれば、魅力溢れる「伊勢」なのである。いわゆる「お伊勢さん」なのだ。
小学校の修学旅行で行った「伊勢」。
甚だその偉大さもスケールも何も知らずして行った「伊勢」であっても、” 思い出の修学旅行” という枕詞がつくだけで、懐かしさと特別感みたいなものが付随してくる。
そんな思いで再び訪れる「伊勢」こそが、再びの修学旅行であり、大人の修学旅行ではなかろうか。

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さて。
週末はウキウキで「箱根」を走り回り、「富士山」を駆けずり回って来た。
若かりし頃に行った「箱根」とは一味も二味も違う。これも年をとったせいなのかもしれないが、名物の「味わい」だけでなく、観光名所そのものの「味わい」を求めはじめたんだろうなぁ。
録画してあったブラタモリの「箱根」の回を何度も見直して、あらためて「箱根」の歴史と魅力を再認識。これまた「修学」。
修学旅行同行撮影という任務であって、なんだかボクにとっても修学旅行。

富士山の次に行った鳴沢氷穴〜青木ヶ原樹海のガイドさんの話は、撮影しながら聞き入ってしまった。何十年もガイドをされているんだろうけど、最後に、、、
「みなさんの中で将来地質学者になられる方がいらっしゃったら、ぜひ私に色々教えてくださいね。まだまだわからないことだらけなんですよ。」と。
素敵な未来への言葉で締めくくってくれる。

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今日こうして樹海を歩いたことが、将来の架け橋とまではいかなくても、「思い出」となった樹海が、大人になり学者となって「修学旅行で行った樹海」となれば、それこそこの上ない修学旅行の成立じゃないか。

甘酒茶屋から箱根の関所。芦ノ湖眺めた後は大涌谷の硫黄の匂いと黒たまご。
彫刻の森で芸術に触れる子もいれば、宮ノ下の足湯でまったりの子もいる。
富士裏庭登山に氷穴に青木ヶ原樹海散策。キャー!ワー!の富士急ハイランド。
今年の修学旅行も無事終了。

子供達が大人になって「修学旅行で行った○○○」と、懐く再び訪れることがあれば、あの頃とは違った修学旅行が楽しめると思う。

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先日「大人の休日倶楽部」が50歳からと知った。
来年じゃないか。。。
何だか「大人の修学旅行倶楽部」の幕開けのような気がする。

なみわい
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本日”海辺の10分写真館”開催!!

vol64-開催告知

夏の終わりでスミマセン...今年も”海辺の10分写真館”開催!! 〜vol.64





遅くなりました。。。
が、今年も”海辺の10分写真館”開催いたします!

2017年8月27日(日)9:00−11:30

一宮海岸広場(海岸横の大きな公園&駐車場)
 千葉県長生郡一宮町船頭給2512-81
  *当日、駐車場に停車していますSSP車(ブルーグレーの三菱デリカD5)で受付いたします。

参加費 3,000円
 後日撮影した中から選んだ20カットのデータ(jpeg)とベストショット1カットを
 プリントアウトしてお渡しします。
  *郵送の場合、送料500円のご負担をお願いします。

ご予約も承ります。
 →携帯:080-5012-0143(SSP 西田) メール:info@seasidepage.com

2017年。夏の終わり。どうか晴れますように。

2017年「卒業アルバム」はじまった。 〜vol.63



初夏だ。
炎天下とまではいかなくても、まだまだ暑さに体が慣れていないこの時期のこの暑さは老体には堪える。
やっぱり短パンだな。。。
子供たちはトラックを走り、ぼくたちはその周りをカメラ片手に駆けずり回る。
まだ顔も名前も知らない新6年生。
昨年もそうだった。少し懐かしい。

陸上競技記録会。 地域それぞれの小学校の選抜チームで臨む。
本戦に向けての予選みたいなものだ。
この記録会が6年生との出会いであり、3月にみんなの手に渡る「卒業アルバム」のはじまりでもある。
5月。卒業なんてまだ何の実感もないんだろうな。。。そりゃそうだ。
でもそんな今日も大切な思い出に綴られる。
これからいろんな思い出つくって、それ持って卒業を迎える。

二年目の新しい一年がはじまった。
みんな走って、飛んで、投げてがんばった。
ぼくらもそこそこ走って、日に焼けた。
最後に今日の舞台であるトラックをバックに記念撮影。
全員じゃないけど6年生とご対面。みんな良い笑顔じゃないか。
手の甲や腕にはメッセージ。
今日の記録会に賭けるそれぞれの思いや決意が書かれている。
それも思い出、、、パシャ。

来月はプール大掃除の撮影。いよいよ夏がはじまる。
短パンどころか、水着だな。。。


なみわい

卒業アルバムと卒業式 〜一宮小学校〜 vol.62



「最後のシャッターは西田さんが切ってくださいね。」
前日、そんなメッセージが荒川くんから届いた。

この一年、二人して子どもたちを追っかけた。
写真には写っていないエピソードがたくさんある。
そして完成した卒業アルバムには、綴られていないぼくたちのエピソードもたくさんある。
数日前、卒業アルバムが完成した。
子どもたちみんなの手に渡り、今頃メッセージや寄せ書きが添えられているんだろう。
なんてったってそれが楽しく、一番の思い出になるから。
そして卒業アルバムの最期に、みんな並んだ卒業式の写真を綴る。
卒業アルバムだもの。やっぱり最期のページには卒業式の写真があって当然。
それがみんなの思いだった。
そしてそれがぼくたちにとっても集大成である最後のシャッターとなる。
だからこの卒業式はぼくたちにとっても特別な日。
二人して泣く準備もできていた。

早朝、荒川くんからの電話で目が覚めた。
なんと、もう少しで第二子誕生の知らせだった。
ひょっとして卒業式の日に誕生!なんて冗談を言っていたが
ドラマのような話が本当になりそうだ。
卒業式に参列できないと少し嘆いていたけど、こんなおめでたい話はない。
旅立ちと誕生。
これはまさに運命なんだよと。

ぼくはひとり会場の片隅にいた。
涙そそる寂し気な曲が流れる中、入場してくるひとりひとりの顔を見つめる。
すっかり涙で目をはらしての子もいる。
何だか大人っぽくなった子もいれば、すっきり丸刈りの子もいる。
それぞれが中学生への階段を昇りはじめた証なんだろう。

94名。ひとりひとりが卒業証書を胸に抱えた。
何度も熱いものがこみ上げてきた。けど我慢した。
最期の大仕事に影響してしまったら元も子もない。
お別れの歌。それまで笑顔だった子も涙で誰だかわからないほどだった。
さすがにぼくの我慢も限界かと思ったが、もうひと踏ん張りこらえた。

拍手の中、卒業生退場。
拍手するボクの手は薄っすら汗ばんでいた。
いよいよ最後の撮影を迎え、緊張めいたものと格闘しているところにメールが届いた。
「産まれました!」
なんと!こんなタイミングで新たな命の誕生とは!
さっきまで涙をこらえていたボクは、拍手しながらにっこり微笑んでしまった。

それぞれが教室で最後の別れをし、もう一度ここに集まる。
小学校生活最後の記念撮影。みんなとの最後の写真だ。
壇上に並ぶひとりひとりの顔を見ていると、愛おしくてたまらない。
ぼくたちもいっぱい思い出がある。
泣きはらした顔も、すっかり笑顔に戻っていた。

さぁ、最後の撮影。
いきなりみんなのピースがはじまる。
厳粛な顔をしているのは先生方だけ。
「これが最後の写真なんだからな。はじめは真面目にな~。」と、ぼく。
とは言いながら、シャッターをきる手が震えている。
今まで我慢していたものが、、、もうだめだ。
これが最後の撮影。最後のシャッターと思うと、一気にこみ上げてきた。
どうしようもないくらいこみ上げてきた。
ぐっとこらえて、数カット撮った。そして、、、
「本当に次が最後!最後はピースでもなんでも~笑顔でな!」
本当に本当に最後のカット。
みんな笑顔でピース。先生も花束抱えてピース。
最後の写真はいつものみんなの笑顔であふれた。
こみ上げてきたきたものも、いつしか安堵にかわって、ぼくも最後はみんなと一緒に笑った。

校門を出る際、みんなからの ”ありがとう” で見送られた 。
そして最後に「一年間、どうもありがとね!!」と大きな声が届いた。
その声を聞いたら、もうどうしようもなく涙がこみ上げてきた。
ぼくはもう振り返れなかった。



なみわいにとって、第一号の宝物です。
ご協力頂いた一宮小学校。先生方々。そしてアルバム委員のみなさま。
一年間ありがとうございました。
本当に本当に素敵な一年間でした。
そしてこうして子どもたちと卒業式を迎えられたことに感謝いたします。
ぼくたちは、この町で子どもたちの成長を見守ります。
そして子どもたちが大人になった時、いつかいつか一緒にこの一宮小学校の卒業アルバムに携われたらなぁ〜
なんてことを妄想しております。

みんな。元気でな!

なみわい